バスク日々の泡

フランスバスクでの日々の暮らしもろもろ

スペイン、アラゴン州サラゴサに行く途中、砂漠地帯バルデナス・レアレスへ足を伸ばしてきました

 ずっと雨でしたが、今日は午後から久しぶりに晴れ間がのぞきました。昨日は小雨の中ちらりと太陽が顔を出し、その時空に大きくて見事な虹が見えました。

 

 前回のスペイン旅行の続きです。

 

 パンプローナに1泊後、パンプローナのあるナヴァラ州を出て南下し、今度はアラゴン州のアラゴサという街に向かいました。

 

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 パンプローナの街を出てすぐ車から見えた水道橋。そんなに古いものではなさそうだけど…。

 

 ナヴァラ州南東部、トゥデラという街の近くに、バルデナス・レアレス(Bardenas Reales)という砂漠があります。

 

 車で南下して行くと、だんだん景色が変わってきます。

 

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 バルデナス・レアレス は、ユネスコの生物圏保護区に指定されている自然公園です。約42500ヘクタールの面積を持つこの公園、粘土、チョーク、砂岩による土壌が長年にわたり侵食を受けた結果、峡谷や台地、丘などが形作られ、まるで月面のような奇妙な風景が広がっています。

 

 パンプローナから車で走ること1時間ほどで、アルゲダスという小さな街に着きます。そこにある『Virgen del Yugo』というかつての修道院がある高台に登ると、砂漠地帯を遠くから見渡せる展望台があります。どうやらユースホステルもあるようです。

 

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  遠くの方に砂漠が見える。

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 素敵な修道院。ここに聖母マリアさまが出現したという聖母伝説があるそうです。

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 遠くに風力発電機が100機と言わず建っていました。道すがらソーラーパネルもたくさん設置されていました。

 

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 アルゲダスの街の背後には、こんな断崖が。ここにいる人たちはどうやって生計を立てているのだろう…。余計なお世話ですね。

 

 車で少し砂漠に入ってみました。

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 写真のやや左側にあるピラミッドのようなもの、見えますか?長年の侵食により地盤が硬い場所が残って丘状になったビュートと呼ばれる孤立丘です。自然にできたなんてびっくりですよね。

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 砂漠だ。エキゾチック。

 

 おまけ。アルゲダスの街を出てすぐ、雄牛ばかりの牧場がありました。恐らくですが、パンプローナのお祭りのために飼われているのかな。

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 ちなみに1986年のイラク・イラク戦争の際、アメリカ空軍のF -4戦闘機がここで軍事練習を行い、トゥデラの住民による反対運動が起こりフランスでも大変話題になったと、旦那に教えてもらいました。

 

 このバルデナス・レアレス を越えてサラゴサに入ったので、なんだか遠い遠い異国に来たような不思議な気分でしたね。

 

 

ナヴァラ州の観光局サイトのバルデナス・レアレスの紹介ページのリンクです(英語版)↓

Bardenas Reales Natural Park - Arguedas - Tourist Navarre

 

こちらのサイトの写真は素晴らしいです!私の写真が恥ずかしくなります・・・(^◇^;)。

www.spain.info

 

 

 

牛追い祭り(サン・フェルミン祭)で有名なスペイン北部の街パンプローナに行ってきました

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 万聖節のバカンスも終盤に。今週はずっと寒い雨の日が続きましたが、今日からはまたいいお天気のよう。毎年この季節になるとピレネーが白くなり始めます。紅葉もいまが一番美しい盛りです。いやー良い季節だなぁ。

 

 先日スペインに行った時のこと、まとめておこうと思います。まずスペインバスク、ナヴァラ州の州都パンプローナに1泊しました☆。

 

 パンプローナはスペイン北部バスク地方のナヴァラ自治州の州都。人口20万人ほどの城壁に囲まれた街です。サンティアゴの巡礼路が通るこの街は古くから商業、文化が発達しましたが、15世紀はじめにナヴァラ王カルロス3世がそれまで複数に分裂し醜い争いを続けていた住民たちをまとめ、パンプローナを統合し一つの都市にしたそうです。

 

 ピレネーを越えてすぐの立地のため、軍事的に重要な役割を果たすようになったパンプローナは16世紀から18世紀にかけて要塞化され、今に至るまでその姿をとどめています。日本では牛追い祭りのサン・フェルミン祭でお馴染みですね。その牛追い祭りを世界的に有名にしたヘミングウェイの小説『陽はまた昇る』は、もちろんこの街が舞台です。

 

 城壁内への車両乗り入れは住民以外は禁止されているようで、車を気にせず散策することができます。狭い路地の両側にピンチョスバーや趣のある路面店がびっしりと並ぶ旧市街は、中世の雰囲気が色濃いです。

 

 ホテルは旧市街の一角にあり、城壁の門をくぐり抜けてしか辿り着けないので、まるでタイムトリップしたかのように感じました!

 

 

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 旧市街。パンプローナでゲルニカ。

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 趣のあるお店が並びます。 

 

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1898年開店のパンプローナで最も歴史のあるピンチョスバー 『Café Roch』。庶民的なバーでした。内装も床も当時のままで雰囲気があります。

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  キノコフライのピンチョス。お味は、うーん…(⌒-⌒; )。

 

 店構えはこんな感じです(お店のHPからお借りしました)。Image associée

出典:http://www.caferoch.com

 

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 街の中心にあるカスティーリョ(リャ?)広場。美しい広場で、19世紀半ばまではここで闘牛の試合が行われていたそうです。

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 恐らくカルロス3世さま。

 カスティーリャ広場からカルロス3世通りへブラブラとお散歩。

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 スペインは夜になるほど通りが賑わってきます。帰り道の旧市街。

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 次の日の朝、朝食を食べにまたカルロス3世通りへ。牛追い祭りのモニュメント。臨場感ある。

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 モニュメントからほど遠くない場所にあるサロン・ド・テ。給仕の方たちの制服がクラシックでエレガントで、まるでホテルのようですが、気軽なセルフサービス。カフェオレでお花を作ってくれます。下の写真、全部込みで10ユーロ(1300円ほど)!信じられないです。フランスだと確実に20ユーロはしそう。

 ちなみにここで食べたトルティーヤ(スペイン風オムレツ)は今回の旅で一番でした♡。メニューも素敵。

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 チュロスとホットチョコレートはスペインの朝食の定番だそうです。ホットチョコレートにチュロスに浸して戴きます(この作法で合ってる?)。スペインのホットチョコレートはドロドロで、フランスのものと全然違うので戸惑います。日本人には甘すぎるかな…。

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 カスティーリョ広場の噴水で鳩が気持ち良さそうに水浴びしていた。

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 泊まったホテルは、『パンプローナ カテドラル ホテル』。

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 エントランスが雰囲気がとても素敵。昔の修道院を改築したそうですよ。

 部屋は狭かったですが、オフシーズンとはいえ3人で100ユーロ(約13000円)もしないで四つ星ホテルに泊まれたのですから、文句を言う方が怒られますね。シャワーかバスタブということでしたが、残念ながらシャワーでした。非常に清潔でモダンで、立地もいいのでオススメです。ホテルの方も感じが良かったです。リンク貼っておきます。

 

www.pamplonacatedralhotel.com

 

 パンプローナには他にも、14世紀から18世紀の間に建てられたゴシック様式の教会や市庁舎、ヘミングウェイが滞在時に足繁く通った豪華なカフェ・イルーナなど観光名所がたくさんありますが、ただぶらりと散歩するだけでも充分楽しめました。

 

 日本史でお馴染みのフランシスコ・ザビエルさんはパンプローナ出身で、その縁で山口県と姉妹都市なんだそうです。で、市内にヤマグチ公園という日本庭園があると聞いてぜひ行ってみたくて探したのですが、残念ながら今回は見つかりませんでした、残念!次回の楽しみに取っておこうと思います。

 

 

終わりの季節-Rei Harakami

 今日は、新しい家のために、旦那と一緒に様々な水まわりのものを買いました。

 

 浴槽、トイレ、洗面台、蛇口などなど。浴槽やトイレを買うというのは非日常の体験で面白かったです。デザインも値段も、本当に様々で迷いましたが、予算がありますからやっぱり妥協が必要で、ちょっと我慢大会の様相を呈してました・苦笑。もしお金にまったく糸目を付けなくていいのなら、本当はたる源の槙の湯槽が欲しい…。夢ですが。

 

 

 ところでおばさんですがサカナクションがとても好きで、山口一郎さんがこの曲を聞いて音楽をやろうと思ったというのを聞いて聞き始めた、ハラカミレイさんの『終わりの季節』。とてもやさしい曲ですっかり気に入り、AKGのヘッドホンで大音量で最近よく聞いています。

 

 電子音が心地よくて、まるで小川のせせらぎを聞いているみたいです。

 

 細野晴臣さんの曲のカバーです。細野さんの歌詞がすてき。

 これは矢野顕子さんがボーカルのもの。


Rei Harakami / Yanokami - Owari no Kisetsu (終わりの季節)

 こちらは、ボーカルは細野さんかしら?


Rei Harakami - "Owari no Kisetsu"

 

 ハラカミレイさんは、惜しい事に40才の若さで早逝されてしまいました。

 

"Une valise"と"La valise"、冠詞の使い方で意味が変わってしまうフランス語は面倒くさいのよね。。

 

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(お、何だ何だ、人間だ、人間だ)
 

 フランスでは先週からLa Toussaint (万聖節)のバカンスで、息子はまたまた2週間のバカンスに突入です。本当にバカンスが多い国です。

 

 先週ですが数日間、旅行で不在の友人の家でお留守番をしていました。ワンちゃんが3匹いるので、そのお世話をするためです。友人の家は大きな農家を改築したもので、その敷地もまー広い広い。息子は大喜びでワンちゃんたちと庭を駆け回っていました。ものすごーくお洒落で贅沢な家、私たちにはあまり似合いません。広いサロンの、20人くらい座れそうなテーブルに3人肩寄せ合って座ってしまう私たちはちょっと滑稽でしたが、それでも満喫させてもらいました。ワンちゃんは、ウィペットという種類の猟犬で、むっちゃ賢かったです。

 

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(息子が撮った写真)

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(友人宅からの景色、和み…)

 

 その後、友人宅からスペインに出発。牛追い祭りで有名なパンプローナとアラゴン地方の首都サラゴサへ。その途中、ヨーロッパで唯一の砂漠、バルデナス・レアレスに寄りました。

 

 という訳で1週間以上家を空けることになり、それなりの準備が必要なのでパッキングに少し時間がかかりました。その際に、旦那との会話でちょっとした行き違いがありました。

 

 ことの発端は、今回の旅行にどのスーツケースまたはバッグを持っていくのかという議論から始まりました。

 

 私は、日本に帰省する際に使う3個の大きなスーツケースのうちの1個に家族みんなの着替えをまとめようと思い、

 

 「今回は大きなスーツケースを持っていく方が良いよね?」と言いたくて、

Cette fois-ci, on pourrait prendre "la grande valise" ? 

 と旦那に話しかけました。すると旦那は

Mais, tu es sûre ? Elle n'est pas trop grande ?

 と答えました。「え、ほんとに?ちょっと大きすぎないかな?」

 

 私はちょっと戸惑いました。私たちは3個大きいサイズのスーツケースを持っているので、「大きなスーツケース(grande valise)」と私が言ったら、「(3個のうちの)どれ?」という答えが返ってくるはずだと思っていたからです。

 

 その時、私ははっと気付きました。

 

 そうか、私が「大きなスーツケース(grande valise)」という時に、定冠詞の”la"を使ってしまったからだ。フランス語の定冠詞は、特定の事物を指すときに使うからです。

 

 そのため旦那は、私の言う「大きなスーツケース(grande vailise)」は「3個のうち一番大きいサイズのスーツケース」だと解釈して、ちょっと大きすぎるんじゃないかと答えたのでしょう。

 

 この場合、私は、

"Une grande valise" 

 と、不定冠詞の”une"を使って、3個ある大きなスーツケースのうちのどれか「1個」ということを示した方が良かったのでしょう。

 

 自分が冠詞を雑に扱っていることに、改めて気付かされた出来事でした。

 

 

 ちなみに、フランス語の定冠詞は、上の例のように特定の事物や唯一無二の事物(太陽や月など)を表す名詞に使われますが、一般的な価値をその名詞に付与する場合にも使われます。

 

 例えば、下の文:

L'argent ne fait pas le bonheur. お金は幸せを生まない。

という文ですが、「お金(argent)」と「幸せ(bonheur)」という名詞に定冠詞がつくのは、概念としての「お金」と「幸せ」(つまり一般的価値)をそれぞれ表しているからです。

 

 そして不定冠詞は、私と旦那の会話の例のように、その名詞があらわす事物を他と区別する、個別化する際、また、その名詞が会話や文で初めて紹介される際に使われますが、別の用法として、その名詞があらわす事物の全体を指すという意味で、こちらも「一般的な価値」を名詞に付与します。

 

 例えば下の文:

Un chien a besoin d'avoir un maître. 犬には主人が必要だ。

ここでの「犬(chien)」は、「すべての犬」という意味で不定冠詞を使います。

 

 上の例もそうだけど、冠詞のない言葉を持つ国の人間には、どうもこの定冠詞と不定冠詞が、両方とも名詞に一般的な価値を付与したりするのもややこしくて分かりにくい。

 

 15年フランスにいますが、やはりただボーっと月日を無為に過ごしていても、フランス語の文法は内在化されません。反省。ちなみに書くときは、考える余裕があるので大丈夫なんですが(いや、やっぱり間違えるときも…苦笑)。反省の意を込めて、ここに記録しておきます。

 

 

 ちなみに例文は、下の参考書から引用させてもらいました。フランス語がある程度読めるようになったら、このシリーズで勉強することをお勧めします。説明が明解で本当に分かりやすく最強です。ただ説明もフランス語なので、初級の方にはちょっと難しいのが残念です。入門、中級、上級、最上級レベルがありますが、下のものは中級レベルです。新版で、表紙のデザインも変わったようですね。中級をきちんとやれば、DELF A2をクリアできると思います。

 

Grammaire progressive du français - Niveau intermédiaire. Buch + Audio-CD: 4ème édition avec 680 exercices

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ヨーロッパ文化遺産の日に見学した、ルノワールのメセナが設計した息子の中学校

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 9月の話になりますが、フランス全土で実施されたヨーロッパ文化遺産の日に、息子の通う公立中学校を見学してきました。エリゼ宮(大統領官邸)やベルサイユ宮殿なども一般公開されていましたね。

 

 そんなに有名でもないこの学校が、なぜ文化遺産に指定されているのだろうとずっと不思議に思っていたので、それを知るよい機会だなと思って。

 

 集合場所は学校の受付。遅れそうになり慌てながら到着したら、40人くらいの人がすでに集まっておりました。

 

 見学ガイドが始まり、あちこちみんなで見てまわる間、歴史の先生が丁寧に説明をしてくださいました。

 

 まず玄関ホールにある記念碑を見ながら説明を受けました。学校卒業生で、戦争(第一次、第二次、インドシナ戦争)で命を落とされた方々の名が刻まれています。第一次大戦の犠牲者の多いこと!戦争は本当に悲惨だ・・・。

 

 第二次大戦中のレジスタンスの英雄、数学者のジャン・カヴァイエス、記号学者のロラン・バルトなどがここで学んだ著名人だそうです(あとはラグビーの名選手が何人もいるそうですが知らなくて…)。難しいので完全には理解できませんが、バルトは好きなのです。まさか自分の息子が彼と同じ場所で学ぶとは、全くもって感無量。ありがたいことです。若くして交通事故で亡くなってしまったのですが、お墓はバイヨンヌにほど近いUrt(ユルト)という小さい街にあり、旦那と一緒に探しに行ったことがあります。その時は残念ながら見つけることができませんでした。幸せな幼少時代を過ごしたバスクが大好きだったそうです。

 

 あ、話がずれちゃった。

 

 その後建物の歴史を教えてもらいながら、建物の周りをみんなでぐるーっとまわりました。

 

 1869年に、ナポレオン1世の教育改革の枠組みで、ナポレオン3世の教育大臣がバイヨンヌに高校を作ることを決め、作られたのがこの学校。20世紀半ばまでは高校(リセ)でした。開校当時はブルジョア階級の子息のための全寮制の男子校だったそうです。

 

 19世紀の半ばごろは、すでにフランス全土に鉄道網が発達してスペイン側とつながっており、スペインからも多くの生徒が学びにきたインターナショナルな学校だったそう。

 

 設計を担当したのは、シャルル・ル・クール(Charles Le Coeur)という建築家。パリの国立図書館の旧館や、サン・ジュヌヴィエーヌ図書館などで有名なアンリ・ルブルースト(Henri Lebrouste) という建築家のお弟子さんです。

 

 実は、シャルル・ル・クールさんはあの有名な印象派の画家ルノワールのメセナ(庇護者)だったそうで、ルノワールが描いた彼の肖像画をオルセー美術館で見ることができます。上の画像がそうです(1874年作)。シックで素敵な人だったんですね。

 

 建物の外観には、地元のビダッシュとアリュディで採れた石材と、フランス北東部ボージュ県の石材が使われ、多彩ながらエレガントです。四角い中庭をぐるっと歩廊が囲んでいます。

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 学校は大変評価されて彼の名声はぐーんと高まり、その後コンドルセ、ルイ・ル・グラン、モンテーニュなど、パリの超名門校の設計を次々に手がけたそう。この学校が出世作だったのですね!

 

 ちなみに学校内に教会も作られたそうで、もちろん案内していただきました。政教分離の今は1階は図書館、2階は音楽室として使われています。

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 教会の身廊の天井部分。今は音楽室の天井です。 

   

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  ちょっと見にくいですが、窓の間の付け柱の頭部分、ハートが並んでるんですよ♡。細かい細工が憎い。もしかして、名前がハート(Le Coeur)だからかな。

 

 他には近代的な理科室なども見せてもらいました。 

 

 見学は1時間ほどで終了し、モノクロの昔のクラス写真や、食堂、宿舎の写真などを見せていただきながら少しおしゃべりして解散しました。校長先生、歴史の先生、どうも有難うございました。

 

 下の写真は、20世紀初めの学校の様子です。

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 食堂のテーブルクロスに、バスク織りが使われているのを発見。さすがバスク。

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 正面玄関。現在は中庭から出入りするようになっています。

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 寄宿舎の様子。病院みたいですね。

 

 この見学のおかげで、この学校が豊かな文化的背景を持った場所だということが分かりました。このような場所で息子が学べることに感謝しなければいけませんね!

 

 それにしても、1年に1回しか公開されないので写真をもっと撮っておけば良かったーと、ちょっと後悔しています。