バスク日々の泡

フランスバスクでの日々の暮らしもろもろ

フランス語の発音がなぜ日本人にとって難しいのかについてのメモ書き

 相変わらず毎日気持ちの良い陽気ですが、朝晩はだいぶ気温が下がってきました。今朝も10度以下になり寒かったです!おととい、今年初めて暖房を入れました。今夜はバターナッツのスープをいただき身体がポカポカになりました。久しぶりで美味しかった!

 

 前回の記事でもちょっと触れましたが、フランス語のアルファベットの発音、というか発音全般、難しいですよね。

  

 フランス語は、母音の音素が16個もあります。アイウエオの母音5個でやりくりしている日本人には、フランス語の全ての母音の音を正確に発音することはかなりの難関です。もちろん規則にしたがい発音すれば良いと言われればそれまでなのですが、日本人にとっては舌や唇をかなり不自然に動かさないと発音できない音や鼻母音もあります。多少訓練をしないと難しいと思います。

 

 他にも、フランス語の発音が日本人にとって難しい原因はいくつかあります。

  • 文字=音ではないこと。例えば、”g”という文字は、"guitare(ギター)と"génie(ジェニ:天才)"などを見ても分かるように、他の文字との組み合わせによって発音が異なります。また、語尾の文字は通常読まないので、単語を構成する文字全てを発音しません。日本語のアルファベットにあたるひらがな、かたかなは、文字=音の音節文字ですから、発音は簡単ですね。
  • フランス語の音節(音の単位)は文中の連続する単語(品詞)の間にも作られるので、発音の規則を知らないと発音できない、聞き取れないこと。例えば「友人たち」を表す"les amis"は、「レザミ」と発音します。冠詞の"les"だけを発音する場合は、語尾の文字”s”は発音されず「レ」と発音します(なぜ「ル」でないかというと、音節が一つだけで構成される語の"es"は「エ」と読むと決まっているからです)。が、この冠詞"les"と名詞の"amis"がつながるといわゆる連音の現象が起こります。つまり、"les”の語尾 ”s”と、"amis”の最初の "a”で子音+母音の音節ができます。そして この場合、母音に挟まれた子音”s”は「ズ(z)」の音になるという規則にしたがって、「レザミ」となるのです。フランス語では単語間で連音が起こりまくりで、元の語を知っていても全然聞き取れないということが多々あるのです。すごく嫌です。また、従ってフランス語では単語をつなげて発音するので、切れ目なく流れるように話す感じです。そう、単語ごとにはっきり区切って発音することに慣れた日本人がフランス語を話す場合、やっぱりぎこちなくなってしまいますよね…。

 このように、日本語とはまったく異なる発音のシステムなんです。でも例えば冷蔵庫(れいぞうこ)は、「れいぞうこ」ではなくむしろ「れいぞーこ」と私たちは発音していますよね。このように、日本語でも発音のバグみたいなものは存在するのですが、日本語を母国語とする私たちは無意識にクリアできています。でも、外国語であるフランス語だとこうはいきませんよね。上のことがらを知識として持っているだけでも発音学習の一助になるかもしれません(もうご存知かもしれませんが)。

 

 フランスに来た当初は、発音に本当に苦しめられました。日常会話で、自分の発音が悪くて相手が理解できず話が止まってしまうこともしょっちゅう。それで発音を気にしてゆっくり話そうとすると、今度はフランス人のテンポの良い会話に全くついていけません(汗)。日本語でもそうですが、おしゃべりって相手とテンポを合わせて同調することが大事ですよね?それが全くダメで、とほほ。

 

 そもそもフランス人の会話のテンポは速いのです。英語話者よりも速いので外国人の私たちにはついていけないのが当然なのです (←これを声を大にして言いたい‼)*。

 

  言い訳かもしれませんが、実際のところ、言ってることを全部理解してもらえ不自由がないようなら、「まるでフランス人のように」発音することにやっきになる必要はないと個人的には思います。アクセントがチャーミングだと言ってもらえることもありますしね(稀ですけど)。

 

 

 * 大学在学中に読んだフランスの言語学者C.Kerbrat-Orecchioniさんの小論文「様々な会話文化(Les cultures de la conversation)」が元ネタです。フランス人の会話のインターバル(一方が話し終わってもう一方が話し始めるまでの沈黙の時間)が、フランス人が0,3秒ほど、英語話者は0,5秒ほどで、フランス人の方が会話のテンポが速い。このように、それぞれの国に独自の会話文化が存在するので、異なる国の人々がコミュニケーションを取る場合は祖語が生ずることもあるんだよという論調だったような記憶があります。データの妥当性については分かりませんが、実感としては正しいように感じ、そう、英語話者でもついていけないのに、日本人の私について行ける訳ないのよねって、読んだ後ですごく安心したのを覚えています(笑)。